1900年の創業以来、
マツナガ建設は須坂の地と共に歩んできました。
時代の変化に応え続けた120年の軌跡をご紹介します。
創業・松永組の誕生
1900年代(明治33年〜明治42年頃)明治33年(1900年)4月1日、初代・松永松蔵が須坂市春木町の自宅を事務所として「松永組」を創業しました。出身地である新潟の野口組で修業を積んだ松蔵は、製糸業で沸く須坂の有力者から信頼を得て、工場・電気施設などの建設を次々と請け負いました。県内外に活躍範囲を広げ、近代建設業の礎を築きました。
◆ 主な工事歴
・ 岐阜県安城町山丸組製糸工場(明治44年)
・ 信濃電気丸子工場(年月不詳)
・ 鉄道省直江津駅舎(野口組代人として)

松永組事務所落成
発電所・学校建築に貢献
1910年代(明治43年〜大正9年頃)松蔵は須坂を代表する製糸会社だった山丸組の社長で、日本の製糸王と言われた越寿三郎氏に手腕と人柄を愛されました。越氏から任された大型工場建設等により松永組は大きく発展しました。大正期には鉄筋コンクリート造が普及し学校建設も急増しました。妻ウタが経理を支え、信濃電気関連施設や発電所など電力インフラの整備にも貢献しました。
◆ 主な工事歴
・ 新潟県杉野沢発電所(大正2年)
・ 須坂町高井倉庫(大正6年)
・ 下高井郡延徳村役場(大正7年)
・ 長野繭糸株式会社(大正8年)
・ 長野商業学校同窓会館(大正9年)

長野商業学校同窓会館
業界組合の設立と地域建設の定着
1920年代(大正10年〜昭和5年頃)明治維新後、産業の急速な進展に伴って官庁工事も多くなり、それにつれて建設業者も増加しました。しかし建設業の社会的地位は低く、その地位向上のために建設業者で構成された組織団体が全国で結成されるようになりました。大正11年には松蔵ら有志が「長野県請負同業組合」を設立し、業界の地位向上に奔走しました。
県内では学校・役場・銀行など公共施設の建設が増加しました。
◆ 主な工事歴
・ 下高井農林学校(大正11年)
・ 鳥居小学校増築(大正14年7月)
・ 六十三銀行中野支店(昭和2年)
・ 信越窒素肥料直江津工場社宅(昭和2年)
・ 三水村小学校(昭和4年10月)
・ 上高井郡豊洲村小学校(昭和5年3月)

鳥居小学校
土木工事進出と戦時体制下の苦難
1930年代(昭和6年〜昭和15年頃)救農土木事業で架橋工事が急増し、昭和6年完成の「柏尾橋」は松永の土木工事最初の大事業となりました。一方、昭和13<年以降は資材配給統制が強まり、昭和16年の対米開戦後は鉄資材の入手が困難となり経営を圧迫しました。
昭和17年には、長野県土木建築請負同業組合(昭和8年に改名)は工業組合法に基づく法人団体「長野県土木建築工業組合」となり、松蔵は支部総代として組合の運営に尽力しました。
◆ 主な工事歴
・ 上高井郡保科村小出砂防堰堤(昭和9年12月)
・ 県道中野飯山線夜間瀬川「越橋」(昭和10年)
・ 大日本麦酒会社中野ホップ乾燥場(昭和14年)
・ 中野ホップ乾燥場(昭和14年4月)
・ 中野尋常高等小学校増築(昭和15年8月)

「越橋」床版工
終戦・分社・上高井土木建築工業として再出発
1940年代(昭和16年〜昭和24年頃)昭和18年に公布された会社統制令や軍需省の指示により、統制組合がつくられ、統合業者が分社独立することになりました。この時松蔵はマツナガ建設株式会の前身である「上高井土木建築工業株式会社」の代表に就任しました。戦後の長野県内は台風被害も相次ぎ、千曲川・犀川の復旧工事に従事し、地域の復興を支えました。
◆ 主な工事歴
・ 千曲川河川工事(昭和24年)
・ 千曲川福島災害復旧工事(昭和27年)
・ 犀川田村牛島災害復旧工事(昭和27年)

千曲川河川工事
通信施設・復旧工事・業界の再建
1950年代(昭和25年〜昭和35年頃)朝鮮戦争特需と「神武景気」で日本経済が上向く中、会社は通信・電力インフラの整備工事を担いました。昭和26年の信越電気通信局横手山無線中継所官舎工事では、洪水被害を受けた宿舎を緊急建設し感謝状を受けました。昭和34年の台風7号(34災)では復旧工事に協力し、地域建設業者としての責任を果たしました。
◆ 主な工事歴
・ 信越電気通信局横手山無線中継所官舎新築(昭和26年)
・ 平穏小学校校舎増築(昭和28年)
・ 丸池スキーハウス新館(昭和36年9月〜昭和37年7月)

丸池スキーハウス
高度成長と大型公共施設の時代
1960年代(昭和36年〜昭和45年頃)東京オリンピック(昭和39年)を経て高度経済成長が本格化し、公共投資が急増しました。長野県内でも道路整備が急進し、自動車の普及に対応した橋梁架替え工事が各地で進みました。昭和40年(1965年)には須坂市庁舎の新築工事、昭和43年(1968年)には須坂市民体育館を施工するなど、学校・金融機関など地域の主要施設を幅広く手がけました。
◆ 主な工事歴
・ 須坂市庁舎新築工事(昭和40年1月)
・ 沖渡橋橋梁架替工事(昭和42年9月)
・ 林道七味笠岳線(昭和43)
・ 須坂市民体育館新築工事(昭和43年4月)
・ 雇用促進住宅小山宿舎新築工事(昭和45年11月)
・ 旭ヶ丘小学校新築工事(昭和46年6月)

須坂市庁舎
社名「マツナガ建設」に改称・新社屋完成
1970年代(昭和46年〜昭和55年頃)昭和48年のオイルショックで高度成長が終わり、会社も経営環境の変化に対応しました。昭和53年(1978年)には現在地に社屋を新築し、社名を「マツナガ建設株式会社」に改称して新体制を確立しました。橋梁・ダム・農道など土木分野での受注も拡大し、建築・土木を両輪とした総合建設企業として発展しました。
◆ 主な工事歴
・ 県信須坂支店新築工事(昭和47年5月)
・ 関崎橋橋梁整備工事(昭和48年11月)
・ 須坂小学校校舎改築工事(昭和49年3月)
・ 高井荒廃砂防高井ダム工事(昭和51年10月)
・ 広域農道大谷橋新設工事(昭和53年3月)
・ ちゃんこ江戸沢新築工事(昭和55年10月)

高井ダム
福祉・文化施設の整備と地域貢献
1980年代(昭和56年〜平成元年頃)昭和56年の「56災」(大雨による宇原川流域の大被害)では迅速な復旧工事で地域防災に貢献しました。バブル景気に向かう時代、高齢化対応の福祉施設や地域文化施設の建設が本格化し、当社もこれに積極的に対応しました。行政・民間を問わず幅広い発注者との信頼関係を深め、地域建設業の中核として揺るぎない地位を確立しました。
◆ 主な工事歴
・ 須坂商工会館新築工事(昭和59年5月)
・ 高山村役場庁舎改築工事(昭和59年10月)
・ 仁礼川砂防工事・仙仁(昭和60年3月)
・ 特別養護老人ホーム須坂荘建設工事(昭和61年3月)
・ 須高広域総合プール(サマーランド)建設工事(昭和63年6月)
・ ふれあい館(わらびの里)建設工事(昭和63年10月)

高山村役場庁舎
バブル崩壊を経て・創業90周年
1990年代(平成元年〜平成11年頃)バブル崩壊(平成3年)後も安定した受注を維持し、官公庁・民間双方の施設建設を着実に手がけました。平成4年(1992年)の須坂警察署新築など官庁施設の実績も積み重ねました。平成8年(1996年)7月、代表取締役・湯本権六社長のもと社史「90年の歩み」を発刊し、西暦2000年の創業100周年を見据えて次代への飛躍を誓いました。
◆ 主な工事歴
・ 山田温泉上洞門工事(平成2年6月・土木)
・ 文化施設メセナホール建設工事(平成3年8月)
・ 須坂警察署新築工事(平成4年9月)
・ 大峡医院建設工事(平成5年6月)
・ 須坂温泉古城荘建築工事(平成6年3月)
・ 百々川総合開発事業須坂市豊丘工区工事(平成6年12月)

メセナホール
脱ダム宣言と公共事業縮小への対応
2000年代(平成12年〜平成21年頃)脱ダム宣言や県債残高削減により、長野県内の公共工事が大きく減少する厳しい時代を迎えました。全国的にも公共事業予算の縮小と一般競争入札の拡大により建設業界の再編が進みましたが、当社は千曲川の災害防除工事や須坂市役所本庁舎の耐震補強工事など、防災・耐震分野の需要に着実に応えました。平成16年(2004年)の中越地震では復旧工事にも従事し、地域の安全確保に貢献しました。
◆ 主な工事歴
・㈱システムクリエイト社屋増築工事(平成12年9月)
・穀町公会堂 建設工事(平成12年10月)
・山田温泉周辺無散水消雪設備工事(平成13年3月)
・市営住宅末広団地デイサービスセンター建設工事(平成15年2月)
・須坂市末広町電線共同溝工事(平成15年3月)
・千曲川災害防除工事(平成18年3月)
・須坂市役所 本庁舎耐震補強工事(平成19年3月)
インフラ老朽化対策と防災力強化の時代
2010年代(平成22年〜令和元年頃)平成23年(2011年)の東日本大震災を契機に、全国で社会インフラの老朽化対策や防災意識が高まりました。当社も長妙寺本堂改修工事やホクト文化ホール屋根改修工事など既存施設の維持・更新工事に力を入れるとともに、砂防工事にも継続的に取り組みました。令和元年(2019年)には富山県高岡市の塩谷建設株式会社のグループ企業となり、経営の更なる強化を図りました。
◆ 主な工事歴
・飯山養護学校 教室棟増築工事(平成22年8月)
・大持林道工事(平成24年12月)
・松川霊園造成工事(平成24年7月)
・長妙寺本堂改修工事(平成25年11月)・砂防工事(長野市信更町吉原)(平成26年12月)
・長野県県民文化会館(ホクト文化ホール)屋根改修工事(平成27年12月)
・峰の原クロスカントリーコース整備工事(平成30年8月)

砂防工事(長野市信更町吉原)
そして現在・未来へ
2020年以降(令和元年〜)創業120年を迎えたことをきっかけに開始した本社リノベーションが、令和3年(2021年)に完成しました。固定席を置かないフリーアドレスを採用するとともに、ロゴマークも一新し、変革への新たなスタートを切りました。
建設業界を取り巻く環境はこれまでにない速さで変化しています。当社は、創業以来受け継いできた伝統と誇りを胸に、常に働きやすい職場づくりと技術力の向上に努め、これからも地域の安全・安心を支える存在であるよう、たゆまぬ努力を続けてまいります。
◆ 主な工事歴
・長野県障がい者福祉センター・サンアップル 特定天井等改修工事(令和2年3月)
・須坂市役所 庁舎空調設備等改修工事(令和4年3月)
・高山村地力増進施設 整備その1工事(令和4年3月)
・天神原砂防工事(令和4年12月)
・しんぞう沢渓間工事(令和5年10月)

天神原砂防工事